237年 7月 花関
陳留は無事に確保出来たが向こうはどうか。
宛から許昌へ、再び防御メンバーで出撃。
何の為に防御メンバー、と言っているのかは分からないがもう、彼等は防御を一切せず攻撃に出ている。
もう、防御メンバーと呼ぶのはやめよう。
許昌から、張郃の騎馬隊が出撃した。
槍は花鬘。
騎馬が苦手な戟の祝融。
弩の呉懿。
しかも数値で負けている。
厳しそうか。
諸葛亮の北伐で戦死したはずの張郃だが、歴史が変わって生きているんだ。
この時代で統率武力9090は強い。
他は姜維くらいかな。
姜維も魏だし。
数値が高ければ完全に圧倒出来る、とは言わないが、それでもやっぱり強い。
援軍が必要だ。
しかし宛から出せるのは…戟だけど顎煥で行こう。
もちろん張郃以外の部隊も出ている。
許昌と宛の間の細い道に、陣か砦が有ると上手く進軍出来ず、さらに張郃が押し込んで来る。
遠くから攻撃出来ず、混乱しろ、と願いながらの計略。
なかなか当たらず。
そりゃそうだ。
賢い計略部隊として来ていない。
負けが見えて来た。
内政を終えた陳留から援軍を送る。
母と姉を救いに行く。
私と関索の騎馬隊、雍闓の投石で。
関索は、姉、花鬘の夫…だが、この時代、妻が複数人いる。
弟としてはちょっと、微妙な気持ちだ。
まあ、歴史は変わり、姉は未婚。
ポイントを使って婚姻は可能だが。
この救出が、何かのきっかけになる、のかどうか。
張郃に対し、疾走を当てて混乱させる。
つもりだった。
関索と張郃の一騎討ちが始まってしまった。
騎馬の技はこの予期せぬ一騎討ちが困る。
もちろん、勝てるなら効果は大きいが…。
武力だけなら互角。
勝て。
闘志で溜めて、攻撃に切り替えて、倒せるタイミングで技を連打、ってのが私(プレイヤーとして)のスタイル。
私の武力では、この2人の戦いに割り込むことは出来ない。
ゲージは共通なので、弱い奴が溜めて、強い奴が技、と出来ると楽だったんだが。
関索のほうが押されている。
運も必要なんだ、数字が互角なら。
関索は、張郃の捕虜となり、私の弱い武力依存の弱い騎馬隊になってしまった。
夏侯覇連れて来りゃ良かった。
投石と移動の差が、とか考えてしまった。
助けに来たはずが、助けられる側になってしまったね。
しかしこうなれば割り切って計略部隊として戦うのみ。
それが張郃に当たる。
張郃を倒せば関索は解放されるが…駄目だ。
張郃が捕虜に出来なかったら、残りの兵士でまた張郃が出撃して来る。
城を狙うぞ。
混乱した張郃と敵の建築の間を雍闓にすり抜けさせ、祝融、花鬘、顎煥が張郃以外の部隊を抑える。
すると、孟獲の所へ捕虜交換の申し出が。
関索は、城を落とした後に張郃を倒せば助けられる。
帰ってくれ。
12月11日、投石で許昌を落とした。
その後張郃を、混乱と姉の槍で撃破し、無事に関索を救出した。
捕虜だった関索は、助かると南蛮軍の本拠地、今だと陳留へ向かってしまうのが仕様だ。
助かって、そのまま許昌のほうが姉との展開が有りそうなんだけど、仕方無いね。
許昌に董允がいた。
意外と、魏に降った蜀の人間、まだいる、のかな。
たまたまなんだけど、書くことを増やす為にわざとやってるようにイベントが起きたな。
良いぞ関索。
238年 1月 呉懿死亡
許昌での正月、呉懿が亡くなった。
蜀滅亡前から南蛮軍に入ってくれた呉懿。
助かりました。
しかし困ったな。
私も弩Sだが、騎馬のほうが建築は楽だし。
王平は…何処だ。
ずっと呉懿だったから使わず腐らせていた。
いや待てよ。
弩Sだから使っていたのか?
弩S補佐だから、だ。
王平は別に来なくて良いのか。
雍闓が合流したんだから。
弩なら燃やせるが、投石でも良いか。
母の戟、姉の槍か戟、私が弩か騎馬、雍闓が投石、と。
十分過ぎるな。
父は、誰かと組んで戦ってくれ。
孟獲は、北へ。
君主が鄴へ行くと、銅雀台発見とか出来たはずだ。
魏と呉が争い続けるように、外枠を潰すように進むんだ。
防御も必要になるかもしれんが、よろしく。
238年 4月 官渡の船旅
我々南蛮軍、蜀軍の中で、船の扱いが上手い奴は誰か、と。
いや、迎撃部隊来るかな?
おそらく何事も無く上陸出来るだろうよ。
王平も含め、移動を考えよう、と思ったんだけども。
鄴、武将2人だ。
今だ。
兵士12万いるけど投石で壁破壊してやる。
雍闓は南へ向かうメンバーに入ったので、陳留にいる政治家の中から…兵器Aの鄧芝だ。
意外と、戦闘能力は無いけど兵器はA、S、なんて奴が多数いる。
まあ、彼は戦闘能力有る人だから1人で出撃してもらおう。
防御も必要なので、孟獲と馬謖の戟、投石の鄧芝の3人だけで乗り込む。
船C。
闘艦も、0。
軍楽台は孟獲と馬謖が作れば良いかな、とお金も持った。
のんびり船旅だな。
何日もずっと船の上だ。
実際、官渡の戦いって船じゃないか。
鄴から陳留を攻める時は、陳留の防御部隊が船へ攻撃、は有るけどね。
6月、白馬港を落とし、問題無く上陸した。
さらに6月11日。
襄陽が落ちた。

ついに。
長安と洛陽が落ちたら魏は滅ぶ、のは真実か。
南も攻めて行くぞ。
238年 7月 南北同時侵攻
父が北へ向かっている間に、我々は南へ向かうことにする。
7月21日、許昌から汝南へ攻撃開始。
祝融の戟、雍闓の投石、私は馬に乗って。
道が細く、施設も多いので思うように進めない。
ちょっと時間が掛かる、か。
私は弩で行くべきだったか。
まあ、建築しながら少しずつ行こう。
鄴での戦いは執拗に投石を狙われ、孟獲は城からの反撃で削れて行く。
城壁の破壊具合によっては退却も有り得たのかもしれない。
10月11日、ようやく壁を破壊し、鄴を落とした。
城の兵士を消滅させることに成功した。
が、投石は壊されてしまった。
相手の武将は少なくても、こっちも少なかったらこうなる、か。
まあ、いまさら言っても遅い。
十分な城、武将もこっちが多い、と、ゴリ押し出来る気になってしまっていたんだな。
政治家を移動させて…戦闘要員も運ばないと次の戦いどころか訓練も遅くなるな。
輸送も時間は掛かるが必須だ。
ちょっと鄴はしばらく待機になりそうか…。
いや、晋陽も人数が少ないんだよな。
投石が鄴に届いたら行く、べきか。
姜維は以前晋陽にいたはずだが、移動したのか、いない。
捕虜にさえ出来れば相性の良い人間はいるので仲間に出来るだろう。
戦いたいね、姜維と。
さて、魏と呉の戦いはどうかな。

現在、寿春の北で戦闘中。
襄陽の戦いは終わったがどうだろう、取り返したりは有るかな。
潰し合ってくれそうなので、こちら側の攻撃は寿春、新野は残して汝南まででストップすることにしよう。
張郃は新野にいる。
宛と上庸に兵士10万ずつ置いとけば、こっちに攻撃しようとはせず、襄陽が落とせそうならそっちに行ってくれるだろう。
つづく